top of page

奇妙な話だが、日本の近代文学は、人間的興味のなかのこの犯罪という一領域には、まったく手を触れないで過ごしてきた。黙殺してきた。犯罪を深く追究した文学、ドストエフスキーの「罪と罰」といった作品は、日本の文学には見当たらない。そういう意味なら、この本は、犯罪について書かれた一個の文学である、と言ってもよい。むろん、凡百の犯罪手記、犯罪物語とは、およそ性質を異にしている。これまで誰もそれほどの明晰さで描くことのできなかった、犯行の行為の各瞬間のなまなましい記述、そのリアリティ、密度、迫力、人間的真剣さ、といったものとともに、犯行の行為と人間性とが衝突する場面(犯罪)の意味するものが、深く追究されている。だから、犯罪を描いた文学としても、第一級の水準に達している。」

 

1978年/週間文週

bottom of page